-BOSS-

                                                2002.10.24

「エンジニアリングデザイナーになろう!」

 

ホームページをご覧いただきありがとうございます。
当社は見ていただいた通りやる気と情熱あふれる元気な会社です。 
常に創意工夫と切磋琢磨を旨とし、会社全体が一致団結して業務に取り組んでいます。
当社の特色は建築や土木という分野で分けず「建設」という考え方で取り組んでいることです。
簡単に言うと同じ開発、計画をするにも地面より上は建築、地面より下は土木でその接する部分はダークゾーンとなり
お互いに仕事をなすり付けることに疑問を持ったことと、何より一つの計画の中で分業が多すぎて
自分の専門以外だと相手の専門用語すら分からない自分に憤りを感じたからです。
私は今まで意匠一本でやってきました。
デザインに余裕を持てるようになると構造や設備に興味が広がり、その後ランドスケープや都市計画にも興味が広がりました。
そして設計事務所から建設コンサルタントに転職し、そこで建築の責任者となり設計事務所では経験できない業務をこなしました。
米軍や自衛隊の特殊施設、道路や駅、造園、造成など一つの計画の中であらゆる設計をさせてもらいました。
そこで学んだことは「デザイン論」よりも「エンジニアリング論」でした。つまり「イメージ」ではなく「根拠」です。
また全国展開をしている会社であったため日本中で受注を受け、その地域や任務ならではの設計を余儀なくしてきました。
一番印象深いのは離島の某施設設計で、東京の常識がまるで非常識だったことです。
それなりの規模でありながら確認申請は不要であったこと、積算は物価版が対応できないどころか物価版で行うと数倍高くなってしまい
(現地にあるものを使わざるをえない。JISやJASS品など使えない。性能発注でもあったので根拠さえあれば規格は関係なかった)
嫌が上でも地域主義に徹したこと。(しかしこれは面白かった)更に役人は建築課、業者は土木部で定例会議の時には
通訳とかしたこと、また図面の描き方も建築と土木では違うため両タイプ描いたこと(特に配筋図は土木式だと全平面や全展開を書き
数量もラップはもとより曲げなども一つ一つ拾うので大変だった)などが懐かしい。
(ちなみに私のいた会社の土木課は設計から構造計算、積算など全て一人の技術者で対応していた。
私も負けずに建築課でも一人の技術者が全ての対応が出来るように精進してきた)
 
デザイナーとしての経験、エンジニアとしての経験は一つのものをつくり上げていくのに共に必要なものであり、
今後この業界で生き抜くには必須の経験と考えます。
また日本国内はもとより世界中で自分の力を発揮する経験は自身の人生の中でも有意義なこととなるでしょう。
(海外での設計は施工経験が無いと難しいでしょう。「イメージ」などと言っても通用しません)
 
私共の会社では常に時代を読み、時代のニーズに答えられるよう自身の足を運び、目で見て、手を動かし、汗を流した経験から
業務拡大に努めています。こういう泥臭いやり方が大好きです。
今現在私が目指しているのはデザインとエンジニアリングの両技術を持った「エンジニアリングデザイナー」を輩出できる会社とすること、
そして国内という狭い範囲ではなく世界で活躍する技術集団となることです。
理想を現実にするのは難しいものですが、私共は無から有を生むもの。夢を現実にするのが職能です。
一日も早い実現に向け私共は一致団結し今日も明日も精一杯業務に精進します。